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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1672号 判決 1961年8月30日

控訴人 被告 大蔵大臣 水田三喜男

指定代理人 朝山崇 外三名

被控訴人 原告 オリンパス商事株式会社

訴訟代理人 河村貢 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、双方においてそれぞれ別紙準備書面記載のとおり陳述し、控訴人訴訟代理人において、新たに乙第三号証の一、二を提出し、被控訴人訴訟代理人において、右乙号各証の成立を認めたほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所は、訴外西田経一が、税関に申告して関税を納付する意思なくその手続を経ないで本件免税自動車を譲受けこれを引取つたことはすなわち関税を逋脱した罪の既遂に該当し、右行為当時施行されていた日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律第十二条、旧関税法第八十三条第四項の規定により、右貨物の関税は犯則当時の貨物の所有者である同人より徴収すべきものと判断する。その理由は以下各項に掲げる事項を附加するほかは、原判決理由の記載と同一であるからこれをここに引用する。

一、控訴人の昭和三十六年一月二十七日附準備書面第一の(一)(二)(三)(四)について。

控訴人は、申告は、輸入貨物に対する税関の拘束を解除するための一手順であり、課税の見地からすれば納税者から賦課処分のきつかけ又は資料の提供を得るための便法に過ぎないから、かような申告がないことないし無免許の輸入は、当然には関税の逋脱を来たすものではないと主張する。申告が課税処分に対するきつかけをなすものであるということについては、そのようないい方もできるのであつて、不申告と関税の逋脱とは同義語ではない。しかしながら、旧関税法においては、輸入の申告、関税の納付及び輸入の免許を輸入貨物引取の前提手続として定めているのであり、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(以下特例法という。)第十二条は、非免税特権者が免税貨物を譲受けることを関税法にいう輸入とみなしているのであるから、この場合には譲受の申告、関税の納付及び輸入の免許を受けた上でなければ貨物を譲受け引取ることはできないのであり、これらの手続を経ないで譲受貨物を引取つてしまつたときは、これによりその者に対する関税の賦課決定は一応不能に帰するのであつて、ここに関税逋脱の罪が成立する。貨物が保税地域に置かれることがないという点はこの場合には犯罪の成否と直接の関連がない。本件においては、西田経一は関税逋脱の意思を以て輸入申告、関税納付、輸入免許等の手続を経ることなく米国軍人から本件免税自動車を譲受けてこれを引取つたものであることは、さきに引用した原判決理由中に示すとおりであるから、申告の性質を論じて右犯罪の成立時期を争う控訴人の主張は採用できない。

二、右書面第一の(五)について。

控訴人は、免税自動車譲受の場合においては、陸運事務所への新規登録があるまでは完全な自由流通性が与えられないのであつて、その関係は、一般輸入貨物が保税地域に拘束されている状態と同じであり、一般貨物が保税地域に拘束されている間は転売等があつても関税逋脱の余地はないのであるから、免税自動車についても譲受後新規登録を経るまでの間は関税の逋脱は起らないと主張する。

しかしながら保税地域に拘束されている貨物については、これを国内に引取り自由流通に置くことが輸入に該当するのであるが、免税貨物については最初から国内に置かれてあり税関による拘束は存在していないので、特例法は非免税特権者による譲受行為を以て関税法上の輸入とみなしたものであり、たまたま免税自動車については国内で新規登録の手続をとらなければその本来の用途である運行の用に供し難く売買譲渡も自由には行われ難いという特殊の事情はあるけれども、この自由流通性の欠缺は登録制度に由来するものであつて登録前の新作自動車にも共通のものであり、税関の拘束下に在るための自由流通性の欠缺とは性格を異にするものであつて、新規登録までは自由流通性がないという点を捕えてこれを税関の拘束下に在る場合と同様に解すべきものとし、延いて免税自動車に限り特例法第十二条にいう譲受による関税逋脱の時期を他の一般免税貨物の譲受による関税逋脱の時期と別異に解しようとする控訴人の主張は採用できない。

三、右書面第二、第三、第四について。

免税貨物のうち自動車については、登録制度という特殊な事情があるため登録の段階において関税賦課の可能性が比較的有効に確保されていることは、控訴人主張のとおりであるけれども、特例法第十二条は、新規登録を以て輸入とみなしているのではなく、これに先行する譲受を以て輸入とみなしているのであるから関税逋脱の既遂の時期を定めるについても譲受による貨物引取の時期を基準として考えなければならない。免税自動車のような特殊の事情あるものについては登録の時に輸入があつたものとする方が関税徴収上比較的便宜であり、かような取扱をしても徴税上損失を生ずる虞は少なく、かえつて特例法第十二条を字義どおり厳格に適用しようとしても、当時免税自動車の譲渡に関する駐留軍規則がわが国内法令の体系と円滑に照応していないのにかかわらず駐留軍により厳格に適用されていたような関係から、一般人に特例法第十二条に基く事前申告を期待することが困難なことは十分了解できるけれども、右に指摘したとおり特例法第十二条はあくまで譲受を輸入とみなしており、更に追徴関税の関係においては、右を前提として犯則時の所有者から関税を追徴すべきものとしているのであるから、便宜に従い右譲受の語の字義より離れて関税逋脱の既遂の時期を定めることは旧関税法第八十三条第四項の規定による追徴関税納付義務の所在につき紛淆を生じ法の予期しない者に損害を生ずることにもなるのであつて許されないものといわなければならない。この点に関する控訴人の主張は採用できない。

以上の次第で本件免税自動車の追徴関税は西田経一より徴収されるべきものであり、これを被控訴人に賦課した神戸税関長の処分は違法であり、これに対する訴願を棄却した控訴人の裁決を取消すべきものとした原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川喜多正時 裁判官 小沢文雄 裁判官 賀集唱)

控訴人準備書面(一)(昭和三十六年一月二十七日附)

第一、原判決は、臨時特例法第一二条による免税自動車の譲受においては、一般の輸入の場合と同様予め譲受の申告をするこを要し、従つて事前の申告をなすことなくこれを譲受ければ直ちに関税逋脱を遂げたことになるものと判示する。しかし、右譲受に伴う関税逋脱犯が何時既遂に達するかを決するに当つては、まづこれと対比される一般の輸入の場合について検討を加える必要がある。

(一) そもそも輸入貨物については、特に免税されるもののほか、その輸入の適法、違法を問わず、すべて関税が課せられる(旧法一条、新法四条)が、右関税の賦課は正規の輸入の場合においては、一般に外国貨物の保税地域到着をもつてその前提とし、密輸の場合においては、一般に保税地域外の本邦領土への到着をもつてその前提としており(新法四条)、これらの地域に輸入貨物が到着すれば、これによつて該貨物に関する関税債権は抽象的に発生を見るものであつて(従つて爾後該貨物が亡失したときは直ちに右債権が具体化する。旧法二九条ノ九第三項、新法四五条。なお旧法三九条ノ三、新法六五条参照)、これを具体化するのが関税の賦課処分にほかならない。

(二) かように関税は輸入貨物が本邦に到着するによつて賦課されるものであるが、法は正規の輸入手続としてまづ輸入貨物を保税地域に搬入して税関の拘束下に置くことを要求し、ついで輸入の申告、よつて賦課された関税の納付、輸入の免許を経て該貨物を税関の拘束から解放する(よつて自由流通におくための引取を可能にする)ことに定めている。右の制度は輸入貨物を税関の拘束下に置くことによつて、いわば該貨物を関税債権の実質的担保として留置し、その間に申告(拘束解除前の申告)を強い、よつて貨物引取の意思を表示したものから確実に納税せしめることによつて、関税確保の目的を容易かつ適正に達しようとするものである。従つて申告は、右拘束を解除するための一手順であり、課税の見地からすれば、これによつて、元来税関職員がその調査結果にもとづき法律に則つてなすべき課税権実現の過程において、納税者からその協力による賦課処分のきつかけ又は資料の提供をえんがための便法にすぎない。それだからこそ税関手続を回避し、密輸入を計つた場合については、既にして貨物の本邦到着(関税線突破)があれば、申告のごときを問題とせず、直ちに関税の賦課処分を行使するのである。

(三) 輸入申告が右に述べたごとき性質のものとすれば、かかる申告が無いことないし無免許の輸入は単にそれだけのことで当然に関税の逋脱を来たすものではない。関税の逋脱が成立するためには、特に詐偽その他の不正行為をなし、これによつて実質的に関税の賦課を殊更困難とする事実がなければならないのであつて、このことは諸税法における従来からの逋脱罪の概念に徴し自明のことであり、旧関税法における逋脱に限り別異に解すべきでないことはいうまでもない。そして原判決も触れているごとく、申告には所得税や法人税等の場合のごとき自己課税行為としての申告と、間接税等の場合のごとき課税のきつかけとしての申告とが区別されるが、単に課税のきつかけに過ぎない輸入の申告を怠つてもこれをもつて詐偽その他の不正行為というをえないものであつて、そのことは課税上一層決定的要因である自己課税行為としての申告を怠り納税期を徒過した場合においてすら、なお未だこれをもつて直ちに詐偽その他の不正行為があつたというをえないことからも当然であるといわねばならない。それゆえ関税の逋脱は、それが保税地域を回避し他の地点に陸揚げする場合にせよ、或は右地域に搬入のうえ無申告(虚偽申告を含め)又は申告を経て免許前に該地域から不正な方法で引取る場合にせよ、申告の有無によつてこれを決し得べきものではなく、全く別個の要件によつて成立するものである。

(四) これを免税自動車の譲受について考えれば、臨時特例法一二条は非免税特権者が免税自動車を譲り受けることをもつて輸入とみなしており、その法意はこの場合にも右一般の輸入の例のごとく譲受前に申告、納税を要求しているものと解せられる。しかし一般の輸入の場合と異り、該貨物は既に本邦内にあるものであつて、更にこれを保税地域に置くことは考慮されていないのであり、該貨物を税関の拘束下に置くことによつて関税の課徴を確保するという関係は生ぜず、この点は一般の輸入と趣を異にしているのである。従つて免税自動車譲受の場合の輸入申告は前述のごとき一般輸入貨物についての税関拘束の解除手段としての意味を有せず、それは専ら課税のきつかけ又は資料の提供の意味に尽きるのであり、そうである以上このような申告の単なる欠缺自体が詐偽その他の不正行為に当らないこと輸入一般につきさきに述べたところからも明らかである。しかもそればかりか元来何ら税関の拘束下にない貨物の売買移転のごときはそれ自体課税上に殊更の困難性を生ぜしめるべき筋合のものではない。それゆえ控訴人は免税自動車の無申告譲受自体はいかなる意味においても関税の逋脱に当りえないものであると考える。

(五) 他方、免税自動車譲受の場合においてこれに完全な自由流通性を与える契機はこれを運行するため法的に要求されている陸運事務所への新規登録である。しかるに外車の右登録手続については特に関税課徴の確保の目的により、その際において必ず輸入の許可を証する書面(通関証明書)の提出を要することに定められており、従つて右登録のあるまでの間は当該自動車について建前上通関手続のとられることが必至の仕組となつている。これを保税地域にある一般の輸入貨物に比すれば、該貨物が同地域に拘束された状態にある限り、その間にいかに転売等がなされようとも、その貨物に対する関税の課徴(申告、納税)は一般に終局的には確保されているものであり、従つて法は右の間の転売等には拘らず、申告によつて引取(自由流通化)の意思が表示されるのを待つてその申告者に対しこれをきつかけとして課税権を発動することとしており、その間関税逋脱の余地がないのと同一の振り合いにある。故に免税自動車の譲受についてはその新規登録を経ない間は未だ関税の逋脱は成立しないものというべきであつて、譲受によつて発生した抽象的関税債権は右登録のための前段階においてその具体化の機会を具有するものであり、現に殆どの事例においては右の関係によつて輸入の申告が登録に結びつく譲受の事前又は事後に励行され、これによつて関税課徴の実が挙げられているものであつて、右の期待が裏切られるのは輸入関係者が右通関証明書を偽造、行使し、よつて通関手続なくして済ますことができるようになつた場合に限られるのである。しかも右通関証明書を偽造、行使して陸運事務所に登録の申請をなしたときは、かくして関税の賦課が実質的に妨げられるばかりでなく、それは同時に詐偽その他の不正行為によつて右目的(関税の免脱)を遂げたものであつて、ここにはじめて関税の逋脱が成立するものと解するのが正当である。

(六) なお本件当時の免税自動車の譲受についての申告に関する実情は次のとおりである。すなわち、非免税特権者が免税自動車を免税特権者から譲受けるに当つては、駐留軍規則等により憲兵隊の譲渡の認証がなければ譲渡できないことになつており、該認証の手続としては、非免税特権者と免税特権者との間に売買の合意が成立したときは、両者同道して憲兵隊において譲渡に関する宣誓をし、譲渡確認申請書及び陸運事務所に提出すべき外車ナンバーの抹消登録申請書、新規登録用謄本(外車ナンバーでの登録原簿の)交付請求書を提出して右書面の成立等につき確認をうけ、ついで、右書類を陸運事務所に提出して外車ナンバーの登録抹消をうけ、更にこれを憲兵隊に持参して憲兵隊の譲渡認証を得る。しかるのち、この認証を経た譲渡証(ビル・オブ・セール)と新規登録用謄本とが譲受人に渡され、自動車と代金の引渡がなされ、他方これらの書類が税関に提出されて通関手続がなされる。そして譲受が税関で免許されると免許書及び通関証明書(昭和二八年法律第六号、特例法附則三号)の発行を受け、これに新規登録用謄本を添えて陸運事務所に登録を申請することになる(道路運送車輛法七条)。このように認証手続の税関手続に対する先行が厳守されていたため、臨時特例法一一条の譲渡人(免税特権者)側に対する規制は励行されず、譲渡当事者間の取引が一般的に税関の窺知しえない間に先行し、然る後に通関手続が行われる実情にあつた。なお事情を少しく附加すれば、譲受自動車がその後未登録の間においてたとえ転々とする場合があつたとしてもそれは殆ど自ら本来の使途に常用することを目的としない者(いわゆるブローカー)相互間における取引にすぎず、一面かかる者は該自動車の登録の要に迫られないのでこれに多額の関税の納付を期待することは事実上困難であるとともに他面この場合には日時の徒過による車の価格の低落等の不利を避けるべく、本来の使途に常用すべき買主を求めての取引が急がれる結果、比較的早期に右本来的買主への落着が期待できるのであつて、右事態による幣害は関税賦課権の行使確保上何ら論ずるに足るものではない。

第二、原判決は、外車の譲受人が通関書類を偽造行使して登録することがあるから、右登録制度によつても関税が常に確保されるとは限らないと判示する。しかし問題はいかに関税賦課の可能性が確保されているかということであるとともに、これに尽きるものであつて、詐偽その他不正の行為によればいかなる拘束もこれを脱し得るが、しかしそれこそが正に関税の逋脱なのであつて、逋脱を完全に防止しえないことは一般の輸入においても何ら異るところはない。

第三、原判決、一般人に事前申告を期待できないことから譲受当時に事後の関税納付の意思がある限り逋脱罪の主観的要件を欠くことになると判示する。しかし一般人に事前申告を期待できない時点において犯罪の既遂を肯定すること自体に無理があり、犯意は本来客観的要件を充足するときに具備すべきものであるから、この場合の逋脱の犯意も通常事後の申告が実現すべかりしとき(登録時)においてその存否を決すべきものである(譲受後考えを変えて、申告をなし又は申告をなさざるに至ることもありうる)。判示は結局、譲受当時において将来の申告に関する意思の有無を決することに帰着し、その不合理なことは明らかである。

第四、原判決はまた、旧関税法八三条四項の規定によつて臨時特例法一二条に関する右判示理由を裏付けようとする趣旨の如くである。しかし、右規定は、輸入禁止貨物の輸入、無免許輸入及び関税逋脱の場合についてはその輸入にかかる貨物の関税の負担を、その貨物の輸入の効果を最近時すなわち右反則時点現在において現に享有する者にかけ、もつて国家収入の確保を計ることを意図するに過ぎないものであつて、ひるがえつてこれにより右反則時点が左右されるべき理由はない。

被控訴人準備書面(昭和三十六年三月十三日附)

第一、被控訴人の主張

一、被控訴人の従来の主張は第一審判決の事実摘示のとおりであるから改めてこれを詳述することを避けるが要するに本件は訴外自動車を免税特権者である米軍人より輸入免許、関税の納付等の手続を経ることなく、昭和二九年二月二八日頃譲受け、通関書類等を偽造した上昭和二九年五月末乃至六月初頃これらの書類を被控訴会社を提示して被控訴会社をして本件自動車が正当に輸入されたものの如く誤信させ同年六月二日これを被控訴会社に譲渡し同日右不正の書類を使用して被控訴人名義の登録をなした件につき神戸税関が右登録のときを以て西田の関税逋脱が行われたものとし、且つその犯則当時の所有者を被控訴会社であると認めてこれに対し旧関税法八三条四項により被控訴会社に対し関税を賦課したものである。

二、併し乍ら日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(以下臨時特例法と称する)の適用を受ける本件自動車の如き物件(以下免税品と称する)を免税特権者より日本国内に於て譲受けようとするときは同法第一二条により当該譲受は輸入とみなされ関税法等の適用を受けることとなり譲受に先立つて旧関税法三一条に基き輸入の申告、免許、関税の納付等を経なければならない。(大判昭和三、二、三刑集七巻六七頁)そして旧関税法によれば、無申告で、免許を受けず、或は関税を免れて輸入を為せば直に関税逋脱の罪が成立する。即ち「旧関税法の関税逋脱罪は関税未納の貨物であることを認識しながら税関の免許を受けないで不正に貨物を引取つて輸入することによつて成立」(前掲大判)するのであり、臨時特例法の適用を受ける場合には日本国内における免税品の譲受けが輸入と看做されているのであるから、右免税品譲受の関税逋脱も亦予め申告、関税納付等の通関手続を為すことなく譲受けを為せば直に成立し、即ち駐留米軍人からの免税品を国内で譲受け、関税の賦課を不能ならしめたものは直に逋脱罪が成立する。(東高判昭和三一年三月二〇日高裁刑集九巻三号二〇二頁、結果的に同趣旨東高判昭和三三年一二月二〇日判例時報一八五号五六七九頁)のである。又臨時特例法に謂う「譲受」等は同法に特別の規定のない以上関税法独自の解釈をとるべきでなく、一般私法上の意味に解釈すべきであつて、一般私法上に於て譲受けとは目的物の権利を移転することを内容とする民法上の売買、贈与、交換等の譲受契約の意思表示に他ならないのであるから、右臨時特例法に云う譲受も又右と同義に解釈すべきことは租税法律主義の下においては当然のことであり、その結果臨時特例法の適用を受ける本件の如き場合には結局前記のように解さざるを得ないのであり、一般の見解を離れて課税上独自の解釈(登録時を以て輸入-譲受-時と解する控訴人の見解等)をとることが許されぬことは多言を要しない。

三、従つて本件に於ては、前記訴外西田が申告、関税納付等の通関手続を経ることなく昭和二九年二月二八日頃駐留米軍人より免税品である本件自動車を譲受けた時に本件自動車に係る関税逋脱罪が既遂に達したのであり、旧関税法八三条四項に云う犯則当時の所有者とは被控訴人ではなく前記西田であること誠に明らかである。

四、旧関税法上の関税の逋脱は納税義務の絶対的消滅を要せず関税を納付すべき時期にこれを免脱すれば直に成立するものであり(前記判例等)、他方自動車の場合は登録につき通関書類を必要としている関係上、通関手続が登録に先立つてその前段階において既に履践されていることを前提としているのであるから、この点のみを以てしても本件自動車の譲受等について関税を納付すべき時期は物理的にも観念的にも登録時以前の段階である。従つて逋脱の成立はこの時期を徒過したとき直に成立するものであるから、その後の段階である登録の時を以て逋脱の成立時期と前提し、登録の時の所有者であることを理由として被控訴人に対して関税を賦課したことは失当である。

五、のみならず抑々所得税等の収益課税と異り、関税は輸入と云う特定の行為に対する課税であることは多言を要しない処であり、本件の如き場合に於ても又輸入と看做される処の譲受と云う行為に対して課税せらるべきものである。即ち本件においては関税賦課の対象たる行為は正に二月二八日頃に於ける訴外西田の米軍人からの譲受行為であり、納税義務者はその行為の当事者である西田に他ならないのであり、西田が旧関税法等に従い正当な手続を経て譲受けていたならば当然西田に納税義務があつたことは多言を要しない。然るに偶々西田の不正行為のあつた本件の如き場合には被控訴人が関税を負担すべきものと解することは本来正当な手続が行われたならば当然遙か以前に他人が納付すべきであつた関税を、偶々自己の全く関知しない他人の不正行為によつて賦課され、納税義務を生じ以て財産上の不利益を蒙るようなことになり、斯くては私有財産を保障する憲法の規定にも違反することにもなる。

第二、控訴人の主張に対する反論

一、控訴人は第一に旧関税法の逋脱罪が成立するには詐偽その他の不正行為の存することを必要とすると主張する。(控訴人準備書面第一の(一)乃至(三))併し乍ら旧関税法の逋脱罪の成立には詐偽その他の不正行為の存することを要しないことは旧関税法第七五条に単に「関税を逋脱したる者は」と規定して詐偽その他の不正行為を何ら要件としていないこと、他の法令でこれらの行為を要件とする場合には特に「詐偽その他不正行為を以て……を逋脱し」(物品税法一八条、旧所得税法七四条等)或いは「詐偽その他不正行為により……を免れ」(所得税法六九条、法人税法四八条、改正後の関税法一一〇条等)等としているのと対比すれば明らかなところであり、このような規定のない旧関税法に於ける関税の逋脱は関税を納付すべき時期にこれを免れれば直に逋脱罪が成立するものであり(前掲諸判例)一たん逋脱の意思で関税未納の貨物を引取れば直に逋脱は成立し、後に納税されても逋脱罪は免れない(前掲大判)こと論を俟たない。

二、次に免税自動車の譲受の場合にはたとえ無申告無免許で関税を納付することなく譲受け、或いは転売してもそれのみでは課税上殊更困難性が生じないし、運行の用に供する為に必要な陸運事務所への登録のない間は完全な自由流通性がないから関税逋脱の余地はないと主張する。(第一の(四)(五))併し乍ら免税自動車の新規登録については通関書類を必要とすることは関税賦課の事実上の担保とはなり得るであろうが、これは単に課税権行使についての一資料としての便宜的なものにすぎず、このような便宜的制度によつて逆に輸入(譲受)の時期や逋脱の時期を決定することは誤である。殊に控訴人の自ら主張する処によつても外国貨物が本邦へ到着すると直に抽象的に関税債権は発生し賦課処分は右抽象的債権を具体化するものである(第一の(一))。従つてこの賦課処分は本来抽象的に定まつている処の納税義務者に対して為されなければならないことは勿論でその賦課処分を受ける者は輸入の申告者でなければならない(旧関税法四条)。而して申告は輸入前に為されなければならないのであるから輸入(本件に於ては譲受)と同時即ち抽象的債権の発生と同時に賦課処分を受ける者、即ち具体的関税債務を負うべき者は決定していなければならない。自動車等登録を要するものについては登録の時点が、輸入の事実並に輸入者或は輸入品の所有者等を把え易いと云う便宜上の理由から、その時点を以て賦課処分の時期と税関が恣意的に決定し、偶々その時期に於て該貨物を所有するに至つた別人に対し賦課処分を為し、以て関税債権が初めて具体化したと云うことの許されぬことは洵に明らかである。

三、のみならず、臨時特例法の適用を受ける物品は自動車のように登録制度のある物件に限らないのであり、同法並に旧関税法による納付の時期、逋脱の時期等については一義的に解釈されるべきであつて、登録制度があるからといつて自動車譲受の場合の納付の時期や逋脱の時期を特に一般の物品と異つて解釈すべき理由はない。自動車は陸運事務所への登録がなければ運行の用に供することは出来ないけれども、右登録はあく迄も対抗要件に過ぎないものであつて登録が譲渡行為自体の効力には何らの影響のない我国法体系にあつて、独り関税法上自動車の所有権移転についてのみ登録によつて事を決しようとする合理的根拠はない。又当該物件を実力的支配下におくような状態になれば輸入は完了したと考えるべきであり(最高判昭和三三、三、一四、集一二巻三号五六一頁)、自動車にあつては登録がなければ原則的には運行の用に供せないけれども、当該物件の譲受乃至引渡を受ければ既に実力的支配下においたものと云うことが出来ることは勿論である。何となれば、これを更に売却、処分することは自由であり、或いは外人ナンバーのまま運行の用に供したり、仮ナンバーにより運行することは事実上可能であり現に仮ナンバーの使用は比較的ルーズに扱われているのが実情である。又譲受けた自動車を運行の用に供せず分解して部分品として売却することも可能であり、特に外国製自動車の部分品は輸入困難の関係上高価に売却されている実情にあることは周知の事実であるから、登録がなければ譲受の何らの実効がないとすることは出来ない。もし控訴人の主張によるとするならば、詐偽その他の不正行為をしなければ、無申告、無免許、関税未納のまま免税自動車を譲受け、後にこれを分解して部分品として売却しても遂に関税を納付することなく、而も何ら関税逋脱にはならないと云う不合理な結果となるであろう。

四、控訴人の主張する本件当時の通関手続の実情(第一の(六)記載)は被控訴人に於ては不知であるが、原審安藤証人の証言等よりすればおそらくはその通りであつたろうことは想像出来ることであり、被控訴人に於ても敢えてこれを争う意図はない。併し原審以来主張するようにたとえ実情が如何であろうとも、税関の取扱の実情によつて法令の解釈を左右することは許されない処であり、之らは単に犯罪の主観的要件の問題に他ならず、客観的要件の充足を消長するものではない(詳細は原判決事実摘示(二)の(7) )。又登録以前の所有権の変動は、多くは自動車本来の使途に供さない所謂ブローカー間の取引の場合でありこれら本来の使途を目的としないブローカー等に多額の関税の納付を期待し得ないと主張するけれども、元来関税の納付義務者は輸入貨物それ自体の本来的使途を必要とする者が誰であるかと云うこととは関係なく決せらるべき事柄であり、本来の使途に供さぬ者でも転売の利益を得ようとするのであつて、これら転売による利益も輸入による利益に他ならず、斯る転売による利益を得んとする者には関税を課さぬと云う根拠はない。一般に輸入業者たる者は自身が輸入貨物をそれ自体の本来的使途に供する為に輸入するのではなくて転売による利益を目的として輸入を為すのであり、之らに対して本来的使途に供する目的でないから関税を納付せしめないと云う理由の存しないことは明白であり、独り自動車ブローカーのみをこの例外とする合理的根拠はない。又仮りに自動車ブローカー等には之ら関税納付が事実上出来ないにしても、関税の納税義務者は税関の期待によつて決せらるべき事柄でなく、法の定むる処によつて決定すべきことは当然であつて、この点に関する控訴人の主張は全く理由がない。

五、前記控訴人準備書面第二の主張は原判決が登録により関税の課徴が必ずしも確保されないと説示している点を非難しているが、従来の控訴人(被告)の主張は登録を以て関税賦課の可能性を確保する手段であると云うことでなく偽造文書による登録によつて関税の賦課が不能となり関税の免脱が成立するという主張であつたから之を否定する一理由を説示したにすぎない。(控訴人の今回の主張のように登録が単に可能性を確保する手段であると云うのであるならば程度の差はあつても申告や免許を義務づけていることも又可能性確保の一手段であり、これらを怠たればやはり可能性の確保が難しくなるのであるから登録を以て特に他の手段と別個の効果を生ずるように解釈する根拠がない)。

六、同準備書面第三の主張について。原判決の見解は事前申告の欠缺によつて逋脱罪の客観的要件を充足するが、唯事前申告を期待出来ない事情があるなら、それは有責性等の問題となると云うのであり、控訴人の主張は当時の実情を根拠として逆に明文の規定を曲げて解釈し、事後申告を当然のこととしてその前提に立つた批判である。原判決は事前申告をなさずして譲受をなした場合に、犯意の存否を考慮して将来申告をする意思があるなら当時事前申告を要求することが期待出来ないと云う実情から主観的要件を阻却すると云うもので、これらの主観的要件の存否は後に生じた事実から推認し得るとしたもので全く正当な理論である。従つて本件の如く偽造文書を作成し、或いはこれを提示して売却の勧誘等を行えばこれらの事実のみを以てしても譲受当時に於る逋脱の意思は充分推認出来るのであつて、必ずしも登録によつて始めて逋脱の意思が明らかとなるものではない。又控訴人は一般人に期待し得ない時点において犯罪の既遂を肯定することは無理であると主張するが、之こそ正しく期待可能性或いは有責性等犯罪主観的要件の問題であり、控訴人の主張を貫けば主観的要件を欠く場合には必ず客観的要件をも充足しないと云う不当な結果を招来することとなろう。又控訴人の主張の通り主観的要件は客観的要件充足の時に充足されてあるべきものであるが、控訴人の主張は之と主観的要件の存在を証明する事実の存在する時期とを混同するものである。

七、同第四の主張については、既に述べたように(第一被控訴人の主張五、並びに原判決事実摘示(二)の(7) )、旧関税法八三条第四項の規定を控訴人のように解するならば、結局本来納税義務のない者が偶々自己の関与しない第三者の不正行為によつて関税を課せられ財産上不当の不利益を蒙ることとなり、私有財産権を保障した憲法の規定にももとることとなる。

以上の通りであるから控訴人の主張はいずれも理由がなく、本件控訴は棄却さるべきものと確信する次第である。

控訴人準備書面(二)(昭和三十六年五月八日附)

控訴人は被控訴人の昭和三六年三月一三日付準備書面(一)に対し次のとおり主張する。

一、同書面第一の二について

被控訴人は無申告で免許を受けず、或は関税を免れて輸入をなせば直ちに関税逋脱罪が成立すると主張する。しかし逋脱罪は右の要件を充足すれば成立するものではなくて、むしろ同罪の本質は輸入即ち我国内への自由流通に置くために不正手段が構ぜられることにあるのであつて、このことは控訴人従前の主張により明らかであると信ずる。そして臨時特例法による免税自動車の譲受につき、控訴人は登録時をもつて輸入(譲受)時と主張するものではなく、この点も従前主張のとおりである(昭和三六年一月二七日付控訴人準備書面第一、(四)冒頭)。なお通常の場合、関税の徴収は輸入時点までに了える建前ではあるが、他にも然らざる場合があり(例えば旧法六条、三四条但書、旧関税定率法(昭和二六年法一一〇号)五条の二)、従つて逋脱罪が輸入の時と時点を異にしてその後に成立することのあることはあえて異とするに足りない。

二、同書面第一の四について

免税自動車につき関税を納付すべき時期はその登録時以前ではあるが、控訴人は既に述べたとおり、譲受によつて発生した抽象的関税債権が登録のための前段階において具体化の機会を確保されているのであり(同前準備書面第一(五)、(六))、この段階を不正手段によつて越えたときに逋脱罪が成立するものと解するのである。

三、同書面第一の五について

訴外西田が米軍人からの譲受に当り直ちに通関手続をとつていれば、同人が納税義務者になること被控訴人主張のとおりであるが、それは旧関税法第四条、第三一条により正規の手続が履践された場合のことであつて、本件の場合はこれと徴税の根拠を異にするのである(同法八三条四項)からこれと対比することは意味がない。

四、同書面第二の二、末段について

外国貨物が本邦に到着することによつて発生する抽象的関税債権とは将来関税線を超えることによつてこれに関与する者に対する関係においてその物に関する関税が具体化するというに過ぎず。未だ右具体化に至らざる段階において納税義務者が抽象的に定まつているという表現は妥当ではない。納税義務者は輸入申告のある場合には申告者であるが、申告を欠く場合には同法八三条四項等により定まるのである。

五、同書面第二の三について

被控訴人は免税自動車とその他の免税品との取扱を区別すべきではないと主張する。しかし一般の免税品は譲受と同時に自由流通に置かれるわけであつて、この点免税自動車の場合と明らかに差異があるのであり、かかる事態に着目して税関の規制しうる範囲内にある限り未だ逋脱に至らないものとみることは逋脱罪の本質上、かつまた徴税技術の観点からも至極妥当な解釈である。被控訴人は譲受乃至引渡をうければ既に実力的支配下にあるとする。しかし転売が可能であること或は仮ナンバーにより運行しうること(その取扱が比較的ルーズであることは争う)は直ちに自由流通の状態にあるものとはいえないし、さらに右自動車を解体して部分品として売却する場合を考えても、部分品としての転々移転は解体しないままの転売と同視できるし、部分品のうちその主要部分たるエンジン及び車台には個々にナンバーが付してありこれらの物を組立てて自動車とする場合(組立てざる限り本来の用途に供しえない)登録制度の規制をうけること(道路運送車輛法七条一項、自動車登録規則二四条一項)非解体車におけると異らないのである。それゆえこの点についても被控訴人の主張するような不合理な結果は生じないのである。

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